§3 横力、前後力によるタイヤトーコントロール

(1)タイヤに外力(コーナーリングフォース、ブレーキ力、駆動力)が作用した時に、

ゴムブッシュを介して車体に連結されているサスペンションリンクが、狙い通りにタイヤの向きをコントロールできるように、

それぞれのリンクは長さや取り付け角度、個々のサスペンションブッシュ剛性は設計されている

 

(2)車が旋回する時は、旋回外側のタイヤの向きにより発生する力が車の挙動について支配的になる

 

(3)外力を受けた時、サスペンションリンクは、サスペンションブッシュより変形が多いことがあるので、注意が必要である

 

 

§1「何故車が曲がるのか」で、サスペンションの働きのひとつに路面からの入力を往なして、快適な乗り心地を提供すると説明しましたが、そのためにサスペンションのリンクはゴムブッシュを介して、サブフレームや車体に取り付けられている

(ゴムブッシュはサスペンションリンクを(ベアリングの様に)作動させる働きも持っている)

ゴムブッシュは振動を吸収することは勿論だが、過大な力がサスペンションに作用したとき時に、その変形により外力を吸収することで、サスペンション構成部品(アームやアーム取り付けブラケットなど)や車体への入力を低減する働きを担っている

 

しかしゴムブッシュを介してサスペンション構成部品が取り付けられているので、タイヤからサスペンションに力が入った時に、ゴムブッシュが変形してサスペンション構成部品の配置(ジオメトリー)が変化することになる

これによってタイヤのトー角変化が発生し、これをコンプライアンスステアという

 

用語の説明

トー角:タイヤを上方から見たときの角度(toe:爪先) 車両の前進方向に対して、車体中心を向いている状態をトーイン、

車体外側に向いている状態をトーアウトという

コンプライアンスステア:ステアリングホイールを操舵しなくても、サスペンション構成部品の弾性変形により車輪が操舵されること

サスペンションの弾性変形とは、ゴムブッシュ、サスペンションの構成部品の弾性変形

 

サスペンションに入る力は、コーナーリング時の横力によるものだけでなく、制動や駆動による前後力がある

またそれらが同時に作用することがある

ここでは旋回を考える上で代表的な横力によるコンプライアンスステアについて説明する

説明を簡単にするために、サスペンションの金属部分は剛体(実際はゴムブッシュより柔らかい場合があったりする)とし、ゴムブッシュを弾性体とする

 

§2「ステア特性について」でステア特性について説明しましたが、実際の車両では弱いアンダーステアが、コントロール性が良いとされているので、殆どの車は弱いアンダーステアに向けてコンプライアンスステアは調整されている

一般的にはサスペンションへの入力に対して、微量であるが前輪はトーアウト、後輪がトーインになるように設定されいる

 

 

①横力コンプライアンスステアについて

 

後輪のコンプライアンスステア

 

いま図―1のようなリンク配置のサスペンションがあり、このサスペンションに図のように内引き(車体の中心方向)のタイヤ横力が入力されたとする

  

 このタイヤ横力の着力点が、たまたま前後2つのリンクのちょうど中央の場合、それぞれのリンクに入力される力は同じなので、もしブッシュAとブッシュBの剛性が同じであれば、両者は同じだけたわみ、その結果A点もB点も同じだけ内側にはいることになる

したがってこの例では、この横力によるトー角変化はゼロということになる

 

図―1 前後リンクへの入力が同じで、前後ゴムブッシュ剛性が同等の場合

 

しかし図―2のように、ブッシュAの剛性がブッシュBより低い場合、ブッシュAの方がより多くたわみ、結果としてA点がB点より内側に入ることになり、内引きの横力によりタイヤがトーイン方向にトー角変化が発生する

 

図―2 前後リンクへの入力が同じで、前側のゴムブッシュの剛性が後ろ側より低い場合

 

 図―3のように横力の着力点が中央より前側によったリンク配置になると、ブッシュAとブッシュBの剛性が同じでも、前側のリンクと後ろ側のリンクが分担する横力の関係は、前側リンクへの入力の方が大きいため、ブッシュAがブッシュBより多くたわみ、A点がより内側に変位してトーインとなる

 

図―3 前後ゴムブッシュの剛性が同じで、前側リンクへの入力が大きい場合

 

  現状では車体に直接サスのリンクを取り付けないで、サブフレームに取り付けることが多いが、この場合はサブフレームの車体マウントブッシュの荷重分担や剛性配分も考慮したトーコントロールとなる

 

 

 

 前輪のコンプライアンスステア

 

前輪には操舵のためのステアリングシステムが付いているが、その取付けを含む剛性がトー角変化に影響する

 

図―4は前側がロアアームで支えられ、キングピンを持ち、後側はキングピン周りの回転をコントロールするステアリングタイロッドにより支えられた前輪を示す

(理解しやすいようにアッパー側のアーム又はストラットを省いてある)

後輪で説明したと同様に、前側のアームに取り付けられたゴムブッシュと、ステアリングギヤボックスのマウントブッシュの剛性でトー角コントロールをすることになる

 

図―4 フロントサスペンション平面図(アッパーアームは省略してあります)

 

図―5はスバル車で採用している、ロアアームにL形アームを持ったマクファーソンストラット式サスペンションで、前側にキングピン回りのモーメントのコントロール関係するステアリングギヤボックスがレイアウトされている

考え方は後ろ置きギヤボックスと同じであるが、L形アームの前後ゴムブッシュ剛性と、ステアリングギヤボックスマウント剛性の調整が必要となる

 

図―5 スバル車のフロントサスペンションレイアウト

(一般的にはキングピンの後ろに設定される、ステアリングギアボックスが、キングピンの前に設定されている)

 

 

 

用語の説明

ニューマチックトレール:ここまでの図で、タイヤ中心と外力(コーナーリングフォース)の位置が前後にずれているが、

これをニューマチックトレールという

横滑り角を持ったタイヤのコーナーリングフォースの中心は、タイヤの接地中心より後ろになる

タイヤ接地中心よりタイヤ接地全長の凡そ2割程度のところがコーナーリングフォースの中心になるのが一般的

キングピン:タイヤが向きを変えるときの転舵中心となる軸のこと

 

以上が横力によるコンプライアンスステアの基本的なメカニズムである

前輪の場合、内引き力(外輪相当)でトーアウトになれば回転半径を保つためにステアリングホールの切り足しが必要になり、後輪の場合は内引き力でトーインとなれば、コーナーリングフォース同じにするために(タイヤ滑り角を調整するために)車両の方向を外側に向けた分、ステアリングホイールを切り足しすることになり、§1「何故車が曲がるのか」、§2「ステア特性について」で説明したようにアンダーステアの特性をしめす

 

 

②前後力コンプライアンスステアについて

 

加速時やブレーキ時には当然タイヤの前後方向に力が発生する

 旋回時に発生するタイヤ横力と同じように、一般的には前後力によってもトー角変化を発生させ、加速時やブレーキ時の安定性を得るようにコンプライアンスステアが設定されている

 

後輪のコンプライアンスステア

 

 図―6の I アームリンク2本でトー角を調整するサスペンションで考る

制動時にはタイヤに後引きの前後力が発生するので、フロントブッシュ及びリアブッシュが中心になって後方に回転する

この時のフロント、リアのブッシュ剛性が同等であれば、このレイアウトでは2本のリンクが等長でかつ平行にレイアウトされているので、前後力が入ってもトー角変化は発生しない

もしフロントとリアのブッシュ剛性が異なるとトー角はタイヤの向きが外向きになるトーアウトとなり、安定性が損なわれる

 

図―6 前後等長で平行リンクのリアサスペンションリンク

 

 図―7のように2本のリンクは並行であるが後側のリンクが長い場合は、後引きの前後力によって揺動するリンク先端の軌跡差で、タイヤの向きは内向きとなりトーインになる車両は安定方向となる

 

図―7 前リンクに対して後リンクが長い平行リンクリアサスペンションリンク

 

 

 又、図―8の様にリンクが等長でも、リンクレイアウトが平行でない場合は、後引きの前後力によって回転するリンク先端の軌跡差によりタイヤは内向きとなりトーインになり車両は安定方向となる

 

図―8 前後等長リンクで、平行でないリアサスペンションリンク

 

 横力コンプライアンスステアの時と同じように、サブフレームに取り付け取り付けられている場合は、サブフレームの車体マウントブッシュのそれぞれの荷重分担による変形もトー角変化に影響する

 

 

 図―7~8では旋回中のブレーキングにおいて、前左右輪ともトーイン(車体の中心方向へタイヤの向きが変化する)になるが、旋回中の内輪から外輪への荷重移動により、輪荷重の大きい外輪側が発生するコーナーリングフォースが支配的となり、車両トータルではアンダーステアを示す

以上により、制動時にトーインとなる設定とすることで、旋回制動時の安定性はアンダー方向、すなわち安定方向となる

 

 

前輪のコンプライアンスステア

 

 基本的に前輪では操舵するために、リンクの一方がステアリングタイロッドになる

サスペンションリンクブッシュ及びステアリングギヤボックスマウントブッシュの剛性が同等であるならば、両者のレイアウトにより、前後力によるトー角変化のメカニズムは後輪側と同じになる

 

 前輪には前後力によるコンプライアンスステアは、前述したアームの配置以外にも考慮する要因がある

前後力がキングピン回りのモーメントとなって、それによりトー角変化が発生するという要素がある

この概念はキングピンのない後輪にも存在する

 

 タイヤはキングピンを中心に回転するが、キングピンの延長線上が地面と交差する位置と、タイヤの接地面中心の位置関係でキングピン周りの回転トルクの方向が変化する

 

 図―9に示すように、地面上でタイヤの接地中心が、

・キングピン延長線の外にあるのがプラス(ポジティブ)スクラブで、ブレーキ力がタイヤ接地面に作用すると、タイヤを外側に向ける 力が発生する

・両者が一致しているのがゼロスクラブで、この状態ではブレーキ力が作用してもタイヤの向きを変える力は発生しない

・キングピンの延長線の内にあるのがマイナス(ネガティブ)スクラブで、ブレーキ力が作用すると、タイヤを内側に向ける力が発生する

 

図―9 スクラブの種類

 

用語の説明

スクラブ半径:タイヤの接地中心とキングピン延長線の距離をスクラブ半径という

転舵した時にタイヤはキングピン延長線と地面が交差した位置を中心にスクラブ半径で転動する

プラススクラブ:ブレーキ時にトーアウト方向になり不安定側になるが、転舵時にタイヤがキングピンを中心に転がりながら向

きを変えるので、据え切り時の操舵力が少なくてすむ

またプラススクラブの方が走行時のステアリングフィールがスムーズとなる

ゼロスクラブ:ブレーキ使用時に、タイヤの向きを変えるモーメントの発生がなく、トー角変化を生じないですむが、転舵時にタイヤ接

地中心を軸に、タイヤを捻じる様に向きを変えるので、操舵力が非常に大きく、パワーステアリングが普及していない時代は避けられていた

マイナススクラブ:ブレーキ時にトーイン方向となり安定側になるが、ステアリングフィールが良くない

現在ではパワーステアリングが普及しているので、ゼロスクラブからややプラススクラブに設定されている車が多いようである

 

図―10はそれぞれのスクラブのイメージ図

 

図-10 スクラブの値とそれぞれの特徴

 

注意点

バネ定数:荷重を加えたときの二点間距離の変位で荷重を割った値

バネ定数は材料の硬さではない点に注意

鉄の硬度はゴムブッシュの硬度に比べ遥かに高いが、サスペンション構成部品の形状によっては、圧入され変形量が規制されているゴムブッシュに比べ、バネ定数は意外なほど低い部品がある

本報では説明の簡便上、ゴムブッシュ以外を剛体として説明していますが、実際の車ではサスペンション構成部品、車体のバネ定数を考慮することが必須である